東京高等裁判所 昭和44年(行ケ)68号 判決
一 取消事由(一)について
原告は、第一引用例において難燃化剤として用いられる燐酸は、強酸としての難燃化剤のみを意味し、強酸の使用によつて初めて発明の目的が達せられ、弱酸では発明の目的が達成できないと明言しているから、硼素化合物のような弱酸を難燃化剤として使用することが排除されていると主張する。
第一引用例において、フエノールとホルムアルデヒドの縮合によつて生成した液状のA段階縮合物に酸を添加することによつて熱硬化したフエノール樹脂気泡物質を製造しうること、およびその酸の一部として燐酸を使用すれば難燃性の気泡物質を製造しうることが記載されていることは、当事者間に争いがない。この第一引用例の記載によれば、第一引用例で用いられる燐酸は、気泡構造付与の作用をすると同時に難燃化の作用をするということができる。
一方成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例においては、気泡構造付与のために使用される酸は強酸でなければならず、そうでなければ第一引用例の発明の目的である無数の細房組織または気泡状組織を有する熱硬化せる低密度のフエノールーフオルムアルデヒド樹脂の製造を達成できないことが認められる。しかしながら同号証によれば、第一引用例には、難燃化剤については、それが強酸でなければならないという記載はないし、酸の強度と難燃化の作用との間の因果関係についても何ら説明はない。また、第一引用例において使用される燐酸が強酸であるとしても、同号証によれば、それはたまたま、第一引用例において気泡構造付与のための強酸の一部として燐酸が使用されたためであることが明らかであるから、第一引用例で用いられた燐酸が強酸であることは、強酸と難燃化作用との間に因果関係があるという証左とはなりえない。そして、他に酸の強度と難燃化の作用との間の因果関係を認むべき資料はない。
そうすると、第一引用例においては、弱酸を難燃化剤として使用することを排除しているとはとうていいえないものといわなければならず、原告の主張は採用し難い。
二 取消事由(二)について
原告は、本願発明においては、硼素化合物は難燃化剤としてのみ使用され、発泡作用はしないし、またしてはならないと主張する。
しかしながら、本願明細書を子細に検討しても硼素化合物の使用目的又は作用についてこのような限定は示されていないといわなければならない。
まず前記当事者間に争いのない本願発明の要旨においては、硼素化合物の使用目的又は作用について、原告の主張するような限定はなされていない。
また成立に争いのない甲第二号証の一、二によれば、本願明細書の、発明の詳細な説明において、本願発明で使用される発泡剤の一般的説明として、「発泡剤としては、ガスを放出する化合物又は揮発し易い液体を使用することができる。」と記載されており、この性質を持つ物質で特に使用を排除しなければならないものは指定されてはいない。そして成立に争いのない乙第一号証の一から五によれば、このような条件を満たす硼素化合物が存在することが認められるから、本願発明において発泡剤として硼素化合物も使用してさしつかえないはずである。もつとも前記甲第二号証の一、二によれば、本願明細書の詳細な説明に示されている実施例においては、すべて、発泡剤として硼素化合物とは別の物質が使用されていることが認められ、また成立に争いのない甲第九号証によれば、本願発明の実施例のある場合には使用された硼酸が発泡作用をしないことが認められる。しかしこれらのことだけをもつて、硼素化合物が、発泡剤として加えられた他の物質と共に、発泡作用をする可能性を否定する根拠とはなしえないし、また硼素化合物を発泡剤として使用することを排除する根拠ともなしえない。
以上のとおり原告の前記主張は根拠のないことが明らかであるから、これを前提として、審決に判断の誤りがあるという原告の主張は、採用の限りでない。
三 取消事由(三)について
難燃化の対象が異る場合であつても、既に難燃化の効果の認められている物質があれば、これを本願発明の気泡物質に使用して実験をし、難燃化の効果の有無を検討することは当業者にとつてさして創意を要することとはいえない。第二引用例において、硼酸化合物を塗料に混入すると、その耐火性を良くすること、および第三引用例において、硼酸ナトリウムまたは硼酸が可燃性気泡体を実際的に不燃性にする作用のあることがそれぞれ記載されていることは当事者間に争いがないから、このように、難燃化の効果の認められている硼素化合物を、本願発明の気泡物質に対して適用を試みることは、当然のことであり、本願発明の硼素化合物による難燃化の効果は、その使用に伴う結果を単に確認したにすぎないといつてさしつかえない。
原告は、本願発明の難燃化すべき気泡物質は、第二、第三引用例のような固着被膜に比し、一〇倍も燃えやすいから、当業者が第二、第三引用例から、硼素化合物を本願発明の気泡物質に対する難燃化剤として使用することを着想することは困難であると主張する。しかしながら原告の主張するこのような事情は、硼素化合物を燃えやすい気泡物質に対して使用したとき、難燃化の効果の程度が固着被膜の場合に比し多少劣ることを予測させることはあつても、難燃化の効果それ自体が期待できないことまで予測させるとはいえないから、硼素化合物を本願発明の気泡物質に対して適用しようとする試みの妨げにはなりえない。
四 取消事由(四)について
原告は、本願発明と、第二、第三引用例とは難燃化の機構が異なるから、硼素化合物の使用を第二、第三引用例から着想することは困難であると主張する。しかし、前記のとおり当業者がまず試みるべきことは、前記のような実験であつて、実験の結果難燃化の効果が認められた場合に、初めて、何故そのような効果が生ずるのかを説明するために難燃化の機構が問題となるわけである。したがつて、原告の主張する前記のような事情は、第二、第三引用例で示されている硼素化合物を本願発明の気泡物質に対して適用しようとする試みの妨げにはなりえない。
第六 結論
以上のとおり本件審決には原告主張の違法はないから、これを理由としてその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却する。